球根を植えから思う、人工的配置とランダムの面白さ

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こんにちは、いつもありがとうございます。

ランドスケープデザイナーをしているおはなうえるくま1号です。

先日、球根を植えました。

植えた球根は、チューリップ、チオノドグサ、カマシア、アリウムなど。

ランダムのオキテ

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球根を植えるのはとっても好きです。

それは、植えてもその場では想像のデザインでして、計算上にどこに入れるかを決めているだけで、球根を土に埋めた瞬間、植えた瞬間は、何が起こったかわからない部分が魅力的に感じています。

球根のとっても簡単な場所の決め方ははある程度のエリアを決めてばら撒きすることです。

その、ばら撒きの方法もとっても大胆でなんとなく置きたい場所に投げて、その力を使ってランダムに配置するわけなんです。

雑といえば、雑なのですが。ばら撒きをすることによってなんとも絶妙なランダムが起こるのです。人間って生真面目なものでランダムに置くといっても真面目にランダムのつもりでおいてもランダムにはなりません。

なので、投げて無作為に選ばれた場所が意外にも綺麗な配置になるわけなのです。

ランダムといっても、場所が均等にバラバラになっていても自然ではなくて粗密感とも言いますが、混んでいる場所、少しスカスカの場所があって、それが自然に見えるのです。

人工の安心感

でも、法則性の安心感ってのもあります。

人間が都市を作って集まって住んでだのが5000年前とか、それは定かではないにしろ。

私たちの住む日本の山の中で本当の自然が残っているのは屋久島ぐらいだとか、本当の意味の原生林って少ないんですね。

なので、私たちは自然と思っている山の木々の配置は実は人工的なものが目に馴染んでいたりします。

それは、僕から見たら爺ちゃん達が後世のために植えた木です。碁盤のようにスッキリ整列されて植えられた林が、実は見慣れた景色になっているんですね。

それから、国産の木材の値段の部分で手放されてそれが鬱蒼として自然あふれるかのように見えています。

戦後の日本の山の写真を見たら、若い木ばかりで驚きます。

そんなこともあって、私たちは規則的に並んだ木を見ても安心感があります。

これは、僕が言っているのではなくて有名なランドスケープアーキテクトも、環境学の博士も言っている話になります。

電子音のテクノサウンドが世の中に出てきてた80年代「ピコピコの電子音で音楽なんて人の心に悪影響ウンヌン」、なんてのを聞いたことがありますが、電子オルガンやエレキギターが出たのがもっと前なので、オルガンやエレキギターが良くて、テクノがダメって、、、なんてね。

そんな話は別にして、

人って意外にも日常に目の隙間に入っていたら、それが普通になってしまうものです。

逆に本当の大自然に触れた時に人は恐怖を感じるものと思っております。

なので、適度に人工的で。適度に自然。

それを作っていくのが僕たちの仕事になります。

では、したっけ!

(「したっけ!」=北海道弁で「またね」の意、だが本当に使っている人はごく少数で北海道の西部にまれに見られる)


チェルシーフラワーショ−2019「漢方の庭」皆様の多大なるご支援をいただきましたこと、誠にありがとうございます。


このブログを書いている人:ガーデンとランドスケープデザインの株式会社キノ花園計画 柏倉一統

Kino Garden Project Limited /株式会社キノ花園計画 | ガーデンとランドスケープデザインのキノ花園計画


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