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ジャズとコーヒーとスピリット

こんにちは、

今日は、札幌に現場確認などなどでした。昨日は、阿寒湖の近くの鶴居村だったので、距離にしておおよそ片道240km。東京の人なら長野ぐらいをイメージしてください。そう、北海道はひろい!

まぁ、今日は自由に散文をつらつらと書いていきたいと思います。

というのは、早くも来たかもしれません。書くことが見当たらないという症状、つらいですね、この気分。でも毎日ブログ更新チャレンジ中なので、なんでも良いから更新したいと思いまして。てか、なんでも良いとは読んでいただける方に失礼なんですが。あわわ。

えっと、身の回りの大先輩は毎日のブログ更新を日課にしている人が多くて、雑誌社、ウェブなどに寄稿したりもしているんですよね。なので自分も次の世代の人間として残るために、またしっかりと自分の仕事なり、見たものに対しての見解をもつこと、これからのビジネスとしての文章の書き方を勉強しております。

話は急展開かもしれませんが、「アニマル濱口さんは、スピリチュアルかもしれない、」という話で今日は盛り上がりました。

僕の観点としては、植物を扱っているかぎり不思議な体験してしまうことが多いんで、スピリチュアルは有る派です。

また、「凡人がついていけない科学者の先端は、ほぼスピリチュアルに近似値じゃね。」なんて、勝手に思っています。

こういう話って、なかなかキーワード的に難しいですよね、ちょっとのめり込みすぎて怖い人もいたりして。僕は、何かが見えるとか、予知ができるとか、そんな能力はありません。

正直にいうと、幼い頃から27歳くらいまではありました。ちょっと表現が好きではないのですが、ここではわかりやすく。あったと表現を。
なんで、そんな話題に変えたかというと、その「怖いくらいにのめり込む人」って、自分に自信がなかったり、そんな特別な能力わたし持ってるの、みたいな、特別感をふんだんに醸してきますよね。

それって、結局、自分に自信がないんですよ。

そういう背景を感じたことありませんか?

ごめんなさい、ちょっとひどいこと書いています。

でも、僕の経験も元に、思っているのです。

僕も、先の目標が見えなくて誰かに教えて欲しくて、誰かに救って欲しくてたまらない時に、そのような能力を使っていました、例えば見えた気がすることが多かったんです。

それがある年を境に、全然そんな能力がなくなったんですよね。で、そのときって、自分の生きる意味が見えたとき、というか自分のしたいことが明確になったとき、自分の人生に責任がもてたとき、ではないかなと思っているんです。いっちょまえに悩んだくらいにして。

以前、スピリチュアル系の先生に、そのことを話したら。自分の生きる次元を決めたら、他の次元に振り回されなくなると言われました。
簡単にすると、「いま自分のいる次元に生きる」ということをしっかりと、明確に自分の心に刻まないと違う次元の現像がチラチラしてしまい、例えばそれが見えないものが見える人になっていることがあるらしいのです。

みなさん、つらいこと、楽しいこと、いろいろありますが。
自分の生きる次元を決めてみるのも良いかもしれません。

それで、そうそう、この記事のきっかけになった、アニマル濱口さんは、本物だったという話でした。

では、また

したっけ!まつたけ


北海道札幌のすすきの、ちょっと手前の地区のジャズ喫茶の老舗BOSSAにて、僕の父はここで母とデートしたとか

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