前略
今日は午前中にセミの鳴き声が聞こえました。春というか初夏になくセミです。
今年一番のセミが鳴きだした。
遠くから聴こえてくる。
— Kazuto K a.k.a おはなうえるくま (@kazuto47) 2018年5月22日
写真のようにタンポポも綿毛になって、食べられる時期が終わりそうです。今年は一回だけだったかな。
最近写真で玉ボケなる写真を撮って見たかったのですが。ライカXバリオのレンズでは難しそうです。その代わり柔らかい上品な光の輝きが出てしまい。僕はこれはこれで大好きな写真になりました。玉ボケに興味を持ったのは地元写真の活動をされている方が、すんごくトキメキ感満載の玉ボケお花写真を撮っていたからなのですが。なんだかペンタくんの方が合うレンズを元々持っていそうです。
今日は、事務所でデザイン業務だったのですが。この綿毛ちゃんが窓全開の事務所にフワフワ漂っていてなんだか不思議な感じがしました。事務所の前には住宅街なのに緑地帯をふんだんにとった道路があって(そこのタンポポが飛んできた)そこの園路計画や高木、低木の配置がなんとも言えなく美しい場所です。もう30年以上前に作られた場所かと思うのですが、今のデザイナーには見られない粋なカーブが描かれていて、眺めるたびにため息が出ます。60代のランドスケープデザインの先輩に聞いたところ、「その頃の方がみんな描けたし、造る人も出来た」とおっしゃっていました。
不思議ですよね、テクノロジーや工事の技術は上がっていっているのに消えていったセンスがあるとは。そのような雰囲気の部分を大切にしていきたいと思います。
タンポポで思いますが、タンポポ、スギナといえばガーデニングや園芸の分野に関しては天敵のようになってしまうこともあります。でも、僕はタンポポもスギナも役目があってそこに生えているのだと思うんですよね。ただ人が作りたい、植えたい植物のに触ってしまうから「ちょっとどけてもらう」ぐらいの気持ちが良いかと思っています。
何で読んだかは定かではないのですが、スギナは荒地に生えてしまう代表格なので「荒地にしてしまったのは人」ってことも見方によってはできるとの文献を見たことがあります。
それで試しに実験をしようと思って。スギナの地上部をひたすら抜いて干して土にすき込んでみたことがあるのですが、そこは2年ほど頑張ったら土がホクホクの団粒構造になってスギナが減少しました。
ってことは、スギナちゃんは自分の体を使ってスギナが生えづらい環境を作った。とも考えられなくないかと思います。荒れて偏った土地だから好きで生えているのと、荒れて偏った土地を改良する役割があると見るといかがでしょうか。後者はガイア理論的な発想になってしまうので、そういうのが苦手な方には苦痛かもしれません。
誰かをのけ者にするようなことがないガーデンを目指したいですね。タンポポだって、スギナだってメディカルハーブの方面から見たら役に立つハーブなのですし。
では、この辺でまた書きますね。
したっけ!
草々
2018/05/22 おえかきくまらいふ
草取りで命を殺めるのが嫌いなあなたへ